• ご挨拶

    いつもベストの技術を
    ここ近年における精密機械装置の進歩には目を見はるものがあります。
    そして私達に求められる加工技術は多様にまた複雑になっています。
    今、求められるものは何か。また、近い将来どんなものが求められてくるのか。
    確かな目で時代を見据え、先進技術でお応えしてまいります。
    いつもベストの技術を目標に、私たちMECは躍進します。
    代表取締役 宮本聖史

  • 経営理念

    私達は、人を愛し、自由を愛し、平和を愛することの尊さを、企業活動を通じて具現化していきたいと考えます。
    「人柄が、できた仕事に現れる」と、いわれるように人間性の向上に努めることが、ひいては社会に貢献でき、又企業発展の原動力になるものと信じます。
    更にお客様に対して、品質保証体制を基本とした、ご満足のいただける製品をお届けすることを最大の使命と考え精励いたします。

  • 社訓
    • 常に計画性を持ち、人生意気に感ずべし。
    • 縦横の連携を保ち、グループとしての総力を発揮すべし。
    • ムダを省き技術の向上に努むべし。
    • 最高の品質こそ、最高のサービスと思うべし。
    • 時間一杯、カー杯。
    • 額に汗して働く、これ企業発展の常道なり。
    • 人柄が、できた仕事に現れる。
  • 中期活動指針 「改革と効率」の高速回転と「国際化」の推進
    1. どんな仕事であっても誰もがやり易いように標準化やシステム化を創り上げながら効率を高めていくこと。
    2. 人と人との繋がりと人と物との繋ぎを、緊密にして全員参加のく繋ぎ運動〉を実行すること。
    3. 人づくり物づくり夢づくりの価値観を共有できるように、3業(お客様、協力会社、MEC)協力して仕事に取り組むこと。
    4. いかなる要求に対しても誠意と工夫を凝らして対応していくこと。
    5. 女性が働きやすい社内環境を整えること。
    6. 蓄積してきた品質技術管理ノウハウを生かし、海外投資にも力点を置くこと。
会社概要
社名 ミヤモトエンジニアリング株式会社
所在地 〒673-0443 兵庫県三木市別所町巴31番地(三木工場公園)
設立 昭和44年(1969年) 6月2日
資本金 2,500万円
代表者 代表取締役社長    宮本聖史(HITOSHI MIYAMOTO)
取締役経営企画室長  友定洋(HIROMI TOMOSADA)
取締役工場長     長友恒太(KOTA NAGATOMO)
事業内容 各種ロボットのパーツメーカー
・産業用ロボットの高精度ギヤの製造
・産業用ロボットのサブ組み
従業員数 80名(2017年4月現在)
電話/FAX TEL:0794-82-0202 (代表) / FAX:0794-83-5599
取引銀行 山口銀行/神戸支店、阿波銀行/神戸支店、商工中金/神戸支店、姫路信用金庫/三木支店、みずほ銀行/神戸支店
グループ会社 青宫精密齿轮贸易(上海)有限公司 (PREMETEC (Shanghai) Co.,Ltd)
200336上海市长宁区兴义路48号新世纪广场D楼303室
沿革
昭和42年(1967) 故・宮本 量太により、三木市平田266番地において宮本歯車製作所を創業
昭和44年(1969) 6月2日 法人設立
三木市長より、新殖産奨励法により表彰を受ける。
昭和45年(1970) 日本国際見本市振興会大阪事務局より、
企業企画認証登録 J.F 第00552 の認証を受ける。
昭和54年(1979) 縦型マシニングセンターを導入し、高精度プレート及びケース加工を開始。
昭和57年(1982) 初代社長   宮本 量太 逝去。
専務取締役  宮本 聖史、代表取締役に就任。
常務取締役  宮本 豊、専務取締役に就任。
昭和58年(1983) 社内機構改革及び事業内容の拡充を推進し、新規研究会開発部門を設置、自社製品開発を開始。
新工場竣工、三木市官公庁、主要需要家参列の内に竣工式及び披露を行う。
各種産業用ロボット装置の加工を始める。
昭和59年(1984) 自社製品として、小型軽量のグラインダーを開発・販売開始。
昭和60年(1985) 各種ロボット装置の組立開始。
昭和61年(1986) 横型2PAマシニングセンターを導入。
昭和62年(1987) 産業用ロボット装置の、加工工場及び組立工場を新設。
昭和63年(1988) 大型多面パレットマシニングセンターを導入、産業用ロボット主要部品量産加工を開始。
新タイプの小型軽量ダイヤモンドホイールグラインダーの製造・販売を開始。
平成元年(1989) 自社製品の販売会社として、MTRトレイド株式会社を設立。
会社設立20周年をむかえ、25周年に向け経営5ヶ年計画の実施。
平成 2年(1990) 6月1日、ミヤモトエンジニアリング株式会社に社名変更。
平成 3年(1991) C.I.に基づく本社工場の増改築完成。
平成 4年(1992) 大型長尺NC旋盤(森精機製)を導入。
歯車、タイミングプーリーの成形金型の製造に着手。
平成 5年(1993) 富士通(株)プラズマディスプレイパネル(PDP)完成の記念式典参加。
バブル崩壊が全国的に広がり、企業の中期経営計画の見直しと、体質改善活動による生き残り競争が始まり、リストラがおこなわれる。
平成 6年(1994) スピード・ローコスト化競争の始まり。
MEC創立25周年記念を祝う。(新神戸オリエンタルホテル)
中期経営計画を作成。
平成 7年(1995) 阪神・淡路大地震による深刻な災害が発生。
山陽開発株式会社の株主となる。
MECブランド推進事業を発足し、ドリルの歯先再研磨機(ドリルメック)のUSAパテントを取得し、11月1日を発売記念日とする。
平成 8年(1996) 系列会社のMTRトレイド(株)をMECブランド製品の販促に特化させ、経営効率の向上をめざす。
上場企業の資材に対する海外調達活動が増加。 ISO 9001の認証取得がブームとなる。
平成 9年(1997) ロボット向け減速機の需要が上昇する。
ドリルメックの外観デザインを一新する。
12インチ基板の搬送クリーンロボットが出現する。
平成10年(1998) (株)不二越とドリルメックのOEM契約が成立し、海外展開をめざす。
平成11年(1999) MEC創立30周年記念を祝う。
建前レンチ(GEARWRENCH-S)を開発、発売。
平成12年(2000) MECホームページを開設。
半導体事業が徐々に活況を呈する。
人材派遣業の設立が増える。
ウエハー搬送用クリーンロボット周辺機器向けの工作機械を3台導入(マシニングセンター)。
平成13年(2001) 21世紀への第一歩。
国家組織を省庁体制とし、組織の統廃合スタート。
少子高齢化及び義務教育問題がクローズアップ。
MEC就業規則体系の変革(経営企画室)。
各種産業用ロボットギヤーの騒音異音対策にグリーソン社製CNC歯車研削マシンを導入。
平成14年(2002) 歯車の高精度化、高級化に対しパワードライカッティング(リカッティング)技術を習得し、CNCドライカッティングマシンを導入。
労働環境の改善に着手する。
平成15年(2003) 技能、技術の伝承と蓄積を重点施策に据える。 「選択と集中」運動が各企業で始まる。
風力発電装置の需要が増加する傾向
金融機関及び企業の不良債権処理が収束し、会社をようやく成長路線に乗せれた模様。
景気の回復とともに、人材の概念を人財と考え、社員教育が重視されてきた。
平成16年(2004) 浸炭焼入れ後、最終研磨仕上げという部品が常識となるが、高精度低価格時代へ突入する。
MEC創立35周年記念を祝う。
MEC工場内の全てのマシンに番号を与え、工程記号を改正し、各製造グループによる工数管理活動を展開させる。
MEC「選択と集中」~「集中し効率へと繋ぐ」
平成17年(2005) MEC「標準化・システム化活動による効率化」
誰もが出来るように「複雑」を「簡単」に運動開始。
図面及び工程チェックシート入出力管理システムを導入。
MEC品質改善Gr及び製造支援Grによる工場の加工不良撲滅運動と技術支援活動を実施。 「各工程内で品質はつくり込む」の推進。
切削工具の材質を超硬化にシフト進む。
平成18年(2006) MEC「改革と効率」を掲げる。問題意識を感じない脳に常に刺激を与え続ける運動を展開。
MEC工程チェックシートを改訂し、作業者による加工品の品質履歴が保証された。
各マシン別工数の山積み・山崩しシステムが稼働。
完成在庫及び仕掛り在庫の受発注引当てシステムが稼働。
高精度歯車用の自動洗浄装置及びショットブラストラインが稼働。
平成19年(2007) MEC「改革と効率」の実践に向け、常に自分に刺激を与え、問題意識を持ち続ける人になろう。
そして、この意識こそが本年のスローガンである、「GET40」を達成させる源流であります。
MEC新規設備計画としては研磨仕上げを重点課題として取り組む(経営企画室)。
平成24年(2012) 海外展開を目指し「海外事業部」を設立。
平成28年(2016) 中国支社 青宮精密齿轮貿易(上海)有限公司 設立。